2020/04/13 (MON)

チャプレンより聖書のことば

天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。」
(マタイによる福音書第28章5~6節)

立教新座中学校・高等学校チャプレン 石田雅嗣
イエス様が復活なさいました。本当におめでとうございます。さて、復活といいますと、元に戻るという感じがあります。敗者復活戦みたいに、一旦あるレベルから落っこちて、なんとか元のレベルに復活するというような感じです。でも、キリスト教の復活は、そんなレベルの話ではありません。「復活」というこの神秘を表現するのに一番近い言葉は、むしろ「新生」だと思います。

病気をしたことのない人はいないでしょうから、病気のとき本当につらいというのはよくわかっています。そして、いまこの新型コロナウイルスで困難のなかにあって、世の中全体が病気療養中のようになっています。病気の時、治ればすごくうれしいし、健康な状態から一旦落ちることで、再び健康に復活するということ、それが病気が治るということだと普通思っています。それはそれでありがたいことですけど、でも、そういう意味での健康というのが真のめぐみで、それだけが人生の目的だったら、実に虚しい話だと思いませんか。たぶん、新型コロナウイルスでも同じではないかと思います。終息しても前の状況にまったく同じになるということはあり得ません。

復活すなわち新生の信仰はそうではありません。また元に戻れるという希望ではない。いま、ここで、新しく生まれ出ていくことですから、もう元に戻らない。全然レベルが違います。そして、困難のときこそ、そのような新しいレベルに生まれ出ていくチャンスのときだ、と思います。これは、すごく大きな恵みです。この新型コロナウイルスに限らない。試練のとき、何か失ってもう終わりだって思っているとき、私たちは信じる力によって新しいレベルに入っていけます。だから、イエス様が十字架上で死に復活したということは、究極の恵みのときなんだと言いたいのです。

新型コロナウイルスによる困難なときを迎えて、もう前の状況には戻れないかもしれませんが、しかし、必ず終息が来るということに信頼し、神様の恵みのもと、試練のなかで、日々、新しく生まれ変わっているということを大切にしていきたいと思います。

2020年4月13日