2020/11/16 (MON)

チャプレンより聖書のことば

天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。
(マタイによる福音書第25章14~15節)

立教新座中学校・高等学校チャプレン 石田雅嗣
今週の聖書の言葉は、私たちのよく知っている「タラントンのたとえ」。ここで言われている「タラントン」はお金の単位ですが、英語の聖書では「talent」となっています。これを辞書でひきますと、「天賦の才能」「才能」「技量」と書かれています。神さまから与えられた生まれつきの能力、才能。また、自分で身につけた才能や能力もその中に入るのではないかと思います。今、テレビに出ているタレントというのは、この「タラントン」からきた言葉です。

イエスさまが、「タラントン」のたとえを話されましたが、まず確認したいのは、私たちはすべて、素晴らしい力を、恵みを、可能性を与えられているということです。それは体が丈夫、丈夫でない、なんて関係ない。若い、年取ってる、なんて関係ない。まったく関係ない。健康であろうと、病気であろうと、良い人であろうと、悪い人であろうと、まったく関係ない。「まったく」です。すべての人に、神さまが、今日も、「タラントン」を与えてくださっておられます。恵みを与え続けておられます。ご自分の聖なる息を吹き込んでおられるということです。例えば、人生の終わりに近づいてくると、体が動かなくなってくるため、例えば高齢者には「タラントン」がないと誤解をしてしまいます。しかし、そんなことはないのです。すべてということは、その人がどんな状況であろうとも、ということを言っています。ですから、体が動かなくなって「タラントン」がないというのは、たぶん誤りです。これが、聖書に書いてあると思います。

今週の聖書の後の方で、1タラントンを預かった人は、この1タラントンを隠してしまって増やさず、叱られるという話がありますが、これは、いただいた恵みの素晴らしさを疑ったり、恵みをもらえないんじゃないかって怯えたりしちゃいけないよっていう意味であると思います。私たちもついつい疑いますが、とくに、体など調子が悪い時なんかに起こりがちです。「たいしたものもらってない」とか、「どうせだめだ」とかって、思ってしまいがちです。しかし、神さまは私たちに「タラントン」を与えてくださっています。このいただいた「タラントン」は必ず増えるって信じて、自分はそれを増やすことができるというよりも、自然にありのままにしていれば神さまが、ひとりでにこれを増やしていただけますから、とにかく隠すのではなくて、神さまが増やしてくださるということを信じてみたいと思います。どうでしょうか、ありのままにしているということだけであったら、小さなチャレンジだと思いますが、この「タラントン」を隠さず神さまにお捧げすれば、世の光となって、天と地を輝かせることができるということです。だから、たぶん、ここで主人から叱れていることは、「たいしたものもらってない」とか、「どうせだめだ」とかって、思ってしまったことではないかと思います。神さまが、ありのままの自分に対して、今この時に「よくやった!  忠実な良いしもべだ。わたしと一緒に、喜びを分かち合おう」という言葉を私たちに響かせています。この喜びを一緒に分かち合っていきましょう。

2020年11月16日