2021/05/10 (MON)

チャプレンより聖書のことば

あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。
(ヨハネによる福音書第14章17~18節)

立教新座中学校・高等学校チャプレン 石田雅嗣
イエスさまは、弟子たちに対して、「あなたがたを決して孤児にはしない」と言われ、そのために、聖霊を遣わして永遠にあなたがたと一緒にいてくださるように、父である神にお願いしましょうと言われるのです。急に両親を亡くしてしまった、誰も頼る人のいない子どものようになっている弟子たちを、保護し、助けてくださる方を遣わしていただくようお願いしましょうと言われます。弟子たちに対する憐れみ、愛がほとばしるような言葉です。その弁護者、援助者、代弁者、助け主とは、神さまから出る「聖霊」です。イエスさまを頼って、弟子たちはここまで来ました。イエスさまこそ、子どもにとって両親の存在であり、弁護者、援助者、代弁者、助け主でありました。しかし、今、イエスさまに代わって、聖霊が、弟子たちの弁護者、援助者、代弁者、助け主として、弟子たちと共にいてくださることをイエスさまは約束してくださっています。

素晴らしい言葉です。こういう福音を聞くと本当に安心いたします。別のところでは「父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」とも書いてあります。嬉しいです。私たちには、心に願いがいっぱいあります。もちろん、本当にそれさえ叶えば真の幸せを得られるとは限らない目先の望みをついつい願うこともありますけれども、心の一番奥深くには一番深い願いがあると思います。自分が本当に大切にされること、生きる価値がある存在だと感じられること、どんな困難にあっても明日を信じて生きていけること、この辛い現実の中で安らぎを得ること、誰もの心に深い望みや真の願いがあるはずです。

神さまの一番の性質は、「私たちと共にある」です。インマヌエル、「神はわれわれと共にある」。一緒にいるんです。常に一緒にいる、永遠に一緒にいる、これを「神」と呼びます。そして、それが、三位一体の神であれば、聖霊であるということであると思います。このように考えると聖霊のない神さまなんかは、神さまじゃないと思います。神さまが聖霊として、私たちとが一緒にいる、これが「礼拝」の時、お祈りの時に一番よくわかるのではないかと思います。私たちがチャペルに集まってお祈りするのは、「神が一緒にいる」、私たちの内に聖霊が宿っているという、この最高の恵みを確認しているのだと思います。

ひとりぼっちじゃない。一緒にいてくださる。だから、「どこにいるんだ、神さま! 神なんてどこにもいないよ〜!」って思うような時にこそ、お祈りが必要であると思います。黙想でもいいです。私たちは、聖霊が宿っていて、神様がいつも一緒にいてくださっているのですから、ひとりぼっちでいる人、悩んでいる友達とも、一緒にいることができると思います。そして、友達が一緒にいるというのは、神が一緒にいるということです。ですから、なにも気の利いたことを言わなくてもいいです。そばにいて、隣りにいるだけでいいのだと思います。一緒にいる、そうすれば、神さまご自身が、その、一緒にいてくれる友達を通して、いろんな働きをするのです。そのような体験をいっぱいしてください。

2021年5月6日

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