2024/12/02 (MON)

チャプレンより聖書のことば

そして、わたしは天が開かれているのを見た。すると、見よ、白い馬が現れた。それに乗っている方は、「誠実」および「真実」と呼ばれて、正義をもって裁き、また戦われる。その目は燃え盛る炎のようで、頭には多くの王冠があった。この方には、自分のほかはだれも知らない名が記されていた。また、血に染まった衣を身にまとっており、その名は「神の言葉」と呼ばれた。そして、天の軍勢が白い馬に乗り、白く清い麻の布をまとってこの方に従っていた。この方の口からは、鋭い剣が出ている。諸国の民をそれで打ち倒すのである。また、自ら鉄の杖で彼らを治める。この方はぶどう酒の搾り桶を踏むが、これには全能者である神の激しい怒りが込められている。この方の衣と腿のあたりには、「王の王、主の主」という名が記されていた。
(ヨハネの黙示録第19章11~16節)

立教新座中学校・高等学校チャプレン ベレク・スミス
ヨハネの黙示録にはこの世の転換期であったイエスの時代のこととこの世の終末について幻が記されています。黙示録は大迫害を受けていた1世紀の終わりのキリスト教徒たち宛に書かれた書物ですが、この世の不正が最終的には最後の裁きの日にイエス・キリストによって正される、と教えています。「王の王、主の主」であるイエスは正義をもたらし、悪に打ち勝つことをヨハネが幻を通して神から知らされます。創世記第3章15節に預言された悪魔子孫と女の子孫の戦いはイエスの生まれによって始まり、イエスの十字架によって結果的に勝利を成し遂げ、イエスの最後の裁きによって完成されるというのが聖書の教えですし、使徒信教などに唱えられて来た古代教会の信仰です。

キリスト教のすべての中心にあるのはイエスがキリスト(メシア)であると信じることです。そして、キリストであるならば、王の王、主の主でもあります。つまり、この世の王の上に立つ王であり、この世の君主を支配する主であります。旧約聖書のキリストについての預言、新約聖書の福音書、そして聖書のあらゆる書物はキリストが神であり、人々の王であることを教えている、又はその教えを前提として書かれています。このことについて使徒パウロは次のように書いています。「こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです。だから、わたしの愛する人たち、いつも従順であったように、わたしが共にいるときだけでなく、いない今はなおさら従順でいて、恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい」(フィリピの信徒への手紙第2章10~12節)。このことを世界の人々に伝えるためにウィリアムズ主教を含む多くのキリスト教徒が宣教師として世界のすべての国へ渡っています。クリスマスでは、世界を罪と死から救い、神の国をこの世にもたらすメシアの誕生を祝います。


2024年12月2日

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