2020/06/15 (MON)

チャプレンより聖書のことば

そこの家に入ったら「平和があるように」と挨拶しなさい。家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。
(マタイによる福音書10章12~13節)

立教新座中学校・高等学校チャプレン ベレク・スミス
いよいよ分散登校も始まり、学校生活を徐々に取り戻しているところです。長い間、さまざまな不安も心配もあったと思いますが、この試練を通して一緒に学ぶことや一緒にスポーツをすることの大切さをより深く感じました。どの人も病気を持っているかもしれないし、自分も病気を抱えているかもしれないと思うような生活は決して楽ではありません。同時に、自分と他者との関係を考える時期でもありますし、隣人をどう愛すべきかを考える良いときであったのではないでしょうか。

さて、今日引用した聖書箇所でイエス・キリストは自分の弟子たち12人を派遣し、「天の国は近づいた」と人々に知らせるように命じました。「天の国」はキリスト教のすべてを一言で表す言葉です。キリスト教では個人の信仰だけを求める宗教ではなく、公な正義と平和、そして豊かな命と生活をもたらすのです。個人の信仰は大切ですが、同時に、キリスト教は全世界へ神のよい知らせ(福音)を伝える必要があると教えています。実に、イエスは何度も自分の弟子たちを派遣して、人々に天の国のことを教えたり、病気を癒したりしました。

立教という学校も、このキリスト教の歴史から生まれた学校です。今でも、キリスト教の教会は司祭や医師や教員などを派遣し、全世界に送り出していますが、その一人が立教の創立者のウィリアムズ主教です。そして、冒頭のことばにある通り、必ず神からの平和を与えようとします。勿論、この一神教の神の平和を必要と思わない人も多くいます。考え方はさまざまですが、私たちが学校生活に戻り、勉学を進めていくとき、自分に問わなければならないことがあります。それは、我々は何をもとに平和を求めているのか、そしてどのような国を求めているのか、であります。漠然としたものを求めているのであれば、はっきりとした答えもヴィジョンも計画も立てられません。天の国がどのようなものであり、どのように一人ひとりがそれを築き上げることができるのかを、聖書を通して神は私たちに伝えていると信じています。


2020年6月15日