2020/12/21 (MON)

チャプレンより聖書のことば

天使は、マリアのところに来て言った。『おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。』
(ルカ1章28節)

立教新座中学校・高等学校チャプレン ベレク・スミス
冒頭の言葉は天使ガブリエルがマリアのところに来て、彼女が救い主を生むことを知らせた場面です。キリスト教の幼稚園などに通った方々はよく覚えている場面ではないかと思います。ガブリエルがここで言ったことばはラテン語では「Ave Maria」から始まります。聖書の福音書では、イエスは人間のみとして生まれたのではなく、神が人間となって生まれたことを伝えています。ガブリエルがマリアに「主があなたと共におられる」と言われたとき、神の霊がマリアに下り、マリアが神によって身ごもることを知らせていたのであります。なかなか信じがたいことではあるかもしれませんが、キリスト教では、神があえてその方法で人間を罪と暗闇から救うことを計画されたと信じています。

なぜ、神はこのような形で人間を救おうとするのでしょうか?人間を罪から救い出すには様々な方法があったはずです。人間をただ単に裁判官のように裁き、そこで善人と悪人に分けることもできたはずです。また、人間にご自分の権力と力を見せて信じさせることもできたかもしれません。しかし、神が選んだ救いの道は、ベツレヘムと言う小さな町で貧乏な女性のもとに生まれて来る道でありました。そして、神がご自分から人間となり、人間のように裸で無知な状態から育ち、ともに喜び、ともに苦しみ、ともに食べ、ともに生きる道でした。このように、神はご自分から人間と同じ目線になり、イエスを通して私たちに語り掛けたと福音書で教えています。このような道を選んだ理由は、神の愛が一番よく伝わる道であったからであります。人を愛する時には、上から目線で人を救うのではなく、同じ目線に立ち、一緒に歩むことによって一番よく愛が伝わるのではないでしょうか?神がマリアと言う人を選んだのも、彼女の純粋さだけではなく、彼女の身分や弱い立場にも理由があったのではないかと思います。

このような神を信じる人は、その神の愛を見習わなければなりません。クリスマスを祝うことは、素晴らしいプレゼントを買うことではありませんし、お金をチャリティーに募金することでもありません。どちらもしてもよいのですが、クリスマスがなぜこれほど祝うべきものである理由は、神の愛が一人の赤ん坊として生まれたからであります。ですから、私たちも、最終的には愛そのものを包んで互いに与えることによってはじめて正しくクリスマスを祝うことができるのではないでしょうか。

2020年12月21日