2022/09/26 (MON)

チャプレンより聖書のことば

この世で富んでいる人々に命じなさい。高慢にならず、不確かな富に望みを置くのではなく、わたしたちにすべてのものを豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。善を行い、良い行いに富み、物惜しみをせず、喜んで分け与えるように。真の命を得るために、未来に備えて自分のために堅固な基礎を築くようにと。
(テモテへの手紙一第6章17~19節)

立教新座中学校・高等学校チャプレン べレク・スミス
聖書には富に関する教えが多々含まれています。この世に生きている人の多くは富のため、また富を増やすために働きます。富を多く持っている人はその富を頼りにし、それに信頼して生きることもあります。富が多ければ多いほど、それを他の人よりも大切にしたくなる誘惑が強くなってしまいます。その上、多くの富を持つ人は自分が他の人よりも優先されるべきだと考えてしまうことも多いです。人間の社会では、お金を多く出せばどこでも優先されてしまうからです。

この世の富を沢山集めようとしている人は人生を無駄にしているというのがパウロの教えです。この世の富はそれなりに使い道があり、なければならないものですが、それを必要以上に持つことに意味はないのです。富や権力ではなく神に望みを置くことからキリスト教徒の人生が始まります。そして、その神を喜ばせる良い行いをすることが本当の富になるのです。喜んで人に分け与えることができているでしょうか? 自分の持っているものを他の人と分け与えることはキリスト教徒として特別なことではなく、通常のことでなければなりません。隣人を愛することは気持ちのことではなく、良い行いと富を分け与えることによって表れます。自分の富を隣人に分け与えない人は隣人を自分のように愛していないのです。これは何と言っても事実であります。

使徒パウロが言う「未来に備える」ことは、この世のことではなく、天国のことです。わたしたちキリスト教徒がこの世で数十年の間、満足して楽しむことしか考えていないのであれば、イエスの復活を信じていない人と何にも変わりません。復活を信じているのであれば、自分の富を惜しみなく分け与えることも容易いはずでしょう。

2022年9月26日

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